コラム/建築革命宣言!
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第22回設計者が建物造りの手段を手にするということ (株)ワード設計
星野信治
2000.05.16

設計者が建物造りの手段を手にすること
 学生時代、研究室の教授で絵画に凝っている人がいた。ある絵画展に教授の絵が入選し、新聞の論評で「注目の新人」と評価された。友人と連れ立って私はその絵を見に行った。古い洋館を描いた教授の絵は、たしかに他の絵とは趣が違う。注目されても不思議はないと思わせるものがあった。しかし一方それはどこか見慣れた絵に見えた。建築学科の学生なら日常的に目にしている「建築透視図」の延長線上にあるものが強く感じられたからだ。むろん絵に芸術性があったことには違いない。教授に建築透視図の素養があり、その方向性をもって絵画に取り組んだことが、ある種の新鮮な画風を生んだのだろう。
私は建築設計一筋に27年間やってきて、いまここでオープンシステムという新しい建築の方法に取り組んでいる。オープンシステムの家造りは、ハウスメーカーや工務店のような一括元請け会社がなく、専門工事会社が直接建築主と請負契約を交わして建物を造る。設計者は、建築主の要望を設計図に反映させるのみならず、建物が完成するまでの現場の工程管理を含むほとんどの「管理業務」を施主代行で取り仕切る。これまで「純粋な設計側」にいた人間が「施工側」にも身を乗り出し采配をふるうわけだ。先の教授の例ではないが、施工者側とは違う設計者ならではの方向性と視点を持ち込み、建築に対してあらたな価値を生み出そうとしている。

工事管理について

 建築現場の風景はオープンシステムであれ、一般の建築現場と特に変わりはない。しかし建物造りに対する方向性が大きく異なる。工事を「金銭的に請け負っていない」私たちオープンネットの設計者は、決して施工会社の現場監督のような立場ではない。設計図に基づき金銭が関与しない妥協不要の工事管理が思う存分にできるのだ。
 この場合、設計事務所の立場はきわめて便利なものだ。みずからが設計者であり、工事の管理者を兼ねているため、技術的な裏付けさえあれば、設計、施工方法、現場管理について自由な創意工夫がゆるされる。オープンネットの設計者はこの立場に特別な価値があることを認識し、大いに活用すべきだ。
 私はオープンシステムの工事管理方法として、建設にたずさわる各専門工事会社に対する「徹底した情報の共有」を試みた。初めに工事に入る仮設工事会社から、しんがりに参加する美装業者まで、工事に関する同じ情報を流す。出番が終わった専門工事会社にも建物が竣工するまで情報を流し続ける。
 具体的には、ファクシミリを使ったA4版1枚の「工事進捗(しんちょく)状況報告書」の配信である。工事の節目ごとに、現在の工事の状況を文書と写真とで、こと細かに伝える。さらに今後の工程を微調整しながら書き込む。その際、工事種別ごとに工事会社の名前を必ず入れて責任の所在を明確にしていく。また優れた工事をした業者は紙面で評価する。この情報の配信を通じて、ひとつの建物造りに、はせ参じた「7人の侍」ならぬ、約20の専門工事会社の間に、従来の下請会とは違うかたちのパートナーシップが生まれる。
 建物が完成し、専門工事会社の人に訊ねたところ、「他の工事現場との調整がやりやすかった」「現場に無駄に行かなくて済んだ」「余裕を持って工事に臨めた」など、「報告書」の配信はおしなべて好評であった。建築主にも同じものを渡す。確実な工事管理が行われていることを「目で見える」形で伝えられる。また全員が共有する工事記録としても残るので、のちの工程上の無用なトラブルを回避する役目も果たす。意識しない間に、その報告書が私の助手となり、確実な工事管理をしてくれていたことがあとで分かった。

コストコントロールについて
 オープンシステムでは、建設に際し一括元請会社を立てないことで大きな経費の削減を図る。また専門工事会社間の競争原理も有効に取り入る。材料や機器の調達も流通を簡素化して中間経費を省く。これらはオープンシステムのコストコントロールの大きな柱である。しかしそれだけでは物足りない。もう一歩踏み込んで、さらに設計や工事に切り込み創意工夫を加えていく必要があるように思う。
 たとえば、いま私のなかに「基礎工事を基礎専門業者に依頼する必要があるのだろうか?」という疑問がある。無論、高度な技術を要求される工事は、専門会社の手で担うべきだ。しかし戸建て木造住宅の基礎工事については、その必要を感じない。構造的裏付けをもって合理的な設計をし、施工に工夫を加えれば、異分野の職人の手でも確実な工事はできる。専門工事会社は「不慣れな工法」には、リスクを理由に不当に高い見積りを出す傾向がある。専門に特化しすぎてコストに対する融通が利かなくなってはいないか。近く見積り発注する住宅の基礎工事については、有能な左官職人と、じっくりと施工方法の打ち合わせをした。従来の工法よりも2割以上のコスト削減を見込んでいる。
 オープンネットの設計者は、このような意図をもって「現代の多能工」を育てることも考えていかなければならない。これに地域のオープンネットの設計事務所が共同で取り組めば、より多くの業種に対して工法的にもコスト的にも合理化、差別化が実現できる。
 これらの発想や工夫はオープンネットの設計者でなくともできるわけだが、コスト的にも甘くない地点に立って真剣勝負をしている私たちとは、その切実さの度合いがまったく違う。専門分野である設計上の発想を、直接施工に反映させるのが私たちオープンネットの設計者の利点だ。そうすることによって建設コストはまだ下げられる。私たちのこれらの工夫や努力はそのまま直接建築主に利益となって還元されるのである。
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