コラム/建築革命宣言!
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第33回本当の主人公、お客さんに聞く家づくり excel建築士事務所
初鹿野聡
2001.06.01

 家をつくってくれた建築士に、顔写真入りの感謝状。
 贈ったのは、津軽三味線など伝統芸能を演ずる村上三絃道二代目家元・村上由哲さん(文中、家元)。うけとったのはexcel建築士事務所の初鹿野聡氏。家族の拍手の中で贈られた感謝状は、初鹿野氏ばかりでなく、家づくりに携わった業者さん全員への感謝の印でもある。

理想を形にしてくれる第三者が必要でした
 父親である初代村上由哲氏は2軒の家を建てている。でも、部屋づくりの本を読み、新しい個室を夢見た若き日の家元にとって、いずれも不満の残る家だった。
 女性好みの白い壁を希望しても、「白は工事中に汚れる」とむげに断られる。部屋のコーナーにお洒落な出窓、そこにスーッと1本立つ白木の円柱のリクエストは、なんと床柱になっていた。「切ってしまって」と言うと、「これを切ると家が傾く」との大工さんの返答には、憤りすら覚えた。
 工務店に頼むと、売りて都合のいい家になる。職人に頼むと今度は勉強が足りない。家元は、自分の理想を形にしてくれる第三者を求めて、初鹿野氏に依頼したのだった。
 母親、妹夫婦とその子供、7人家族の新居は昨年11月に完成。「スープの冷めない距離」でリビングとキッチンが結ばれた動線は短く、収納も豊富で使い勝手もいい。弟子が通う稽古場の別宅をパブリックとすれば、新居は家族で気軽な時間を過ごすプライベートの場であり、世界をとびわまって伝統音楽を普及する家元にとって、鋭気を養う家になった。

いい方たちが現場に出入りしてくれた家です
 「直接職人さんとお話ができたから、安心感がありました。結構いろいろしてくださって。ここはこうしてと言うと、まだ間に合うよ〜と。棟梁の顔は今でも覚えています。職人さん同士の仲もよくて、前の2軒の家づくりをを経験している母にしてみれば珍しかったみたいです。いい職人さんね〜と言ってましたね」
 ひと昔前、職人といえば技があり、粋で気っぷのいいことの代名詞だった。やがて工務店に雇われ、多くの職人はプレハブ住宅の流れ作業を無表情でこなす作業員に変わる。
 「それはよけいな反応をしないように作られた顔やね」と家元。
 お客さんにはなるべく現場を見てほしくない。話しかけてほしくない。お客さんと職人との間にできる厚い壁。その理由が、オープンにできないコストに起因していることは説明するまでもないだろう。
 「一生懸命仕事をされてますもの。職人さんの表情が素直ですわね。私たちも楽しみながら家づくりができました。完成すればあの方たちはここに来られないのだけれども、ああいう姿を見ると、ここを大事に使いたいと思います」

プライベートの家はず。なのに見物客が多い
 話題が、初鹿野氏と回った一件の現場に移る。
「まぁ、あの人の家、もう建つん?」
 なぜ知り合いでもない初鹿野氏のお客さんを家元が知っているのか。
実は、初鹿野氏のお客さんは、不思議と全員仲良しだ。あの職人はいくら、あそこの階段はいい、照明器具はいくら・・・。建てた後のお客さん同士が勝手に原価の情報交換をするなんて、普通の商売だと顔面蒼白ものだ。ところがオープンシステムでは、こういうことがまかり通る。
 このお客さんたちが集まり、初鹿野氏の営業先を自宅に招いて、初鹿野氏をそっちのけに、家づくり談義に花を咲かせる。主人公は、作り手ではない。お客さんだ。価値観が一致すれば、もう家づくりフリークの仲間入り。もちろん家元の家にも、フリークたちが訪れる。
 「見知らぬ新規客の開拓に血眼になるよりも、今のお客さんを大事にすることのほうが大切じゃないですか」
 宮崎の空のように、明るく笑う初鹿野氏であった。
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