オープンシステム参考資料
6.設計事務所のコスト把握力
(この文章は日本積算協会「建築と積算」1997.12月号に執筆した内容の一部である)
公共工事の設計を受託すると、通常積算業務まで必要になる。積算数量の算出については、専門家の方々に対して私ごときが何も言うことは無い。問題は単価である。私は他県や国の工事は経験が無いので、鳥取県で経験した狭い範囲のことでしか分からない。

公共工事の設計金額を弾く際、まず鳥取県建築士事務所協会作成の単価表から該当する項目に落とし込んでいく。どういう訳かこの単価表には表紙にマル秘という印が押してある。このマル秘の単価表に無い項目は市販の建設物価や積算資料を使う。それでも該当しない項目は専門工事会社やメーカーなどから見積をとり、適当に8割とか9割とか掛けて記入する。この積み上げの総和が建設工事費の目安となり、発注者はそれに5%あるいは10%カットして落札予定価格を設定する。

さてこういった見積作業の中でこれらの単価が実状にそぐわないと主張した場合、設計者はどのような方法で自分が作成した見積単価の根拠を示すことが可能なのだろうか。根拠を分析すればするほど矛盾が露呈するはずである。

そもそも建築士事務所協会の単価表の価格は何を根拠に作成したかというと、例えば木製建具工事なら建具工事組合とかいうところが依頼を受けて単価を作成している。どのみち自分たちが工事をすることになる金額をまとめるわけであるから、それは希望価格である。ゼネコンや工務店とぎりぎりの折衝をして、損益分岐点を知り尽くしている専門工事会社が、公共工事の建具工事はこうあったらありがたい、どうせ元請が2、3割カットするからその分上乗せし、さらに安全率も掛けておけという金額である。

事務所協会はその金額を鵜呑みにして編集作業をし、単価の根拠に対してお墨付きを与えた。設計者はお墨付きの単価表を金科玉条に、公共工事の設計見積をはじく。単価表を隅から隅まで暗記しているほど、コストに造形が深いと思っている設計者までいる。そして発注者である自治体の職員は、事務所協会の単価を採用したというと安心し、下手に設計事務所が独自に調査した単価をいれようものなら、余計なことをするなと叱られ、疎んじられる。だからこの辺のことを理解している設計事務所は、民間工事に於いては積算などしても意味がないというところも出てくる。

実際設計事務所はどの程度まで建築のコストを把握できているのだろうか。また把握する手段があるのだろうか。

コストについては「何をコストとするのか」という議論があるのは承知している。しかしこの問題に突っ込んでいくとややこしくなるので、別の機会に譲ることにする。ここではとりあえず専門工事会社が請け負う金額の合計を工事原価とし、必要な諸経費を加えたものを建築工事費として話を進める。

我が国の建築工事は元請会社が工事全体を一括で請負い、各専門工事会社に工事を分配することによって成り立っているが、その多重下請け構造が建築の価格を複雑、不透明にしている最も大きな原因であると思われる。それ故、工事現場で直接工事をしているそれぞれの専門工事会社の金額(工事原価)を明確にし、そこから必要なものを積み上げていこうという考え方が必要である。

正直言って私の事務所が「オープンシステム」を始めるまでは、工事原価に関して調査をする手だては全く無く、あくまでも推定の域を出なかった。もっぱら事例にあげたような単価表に頼らざるを得なかった。  それではゼネコンや工務店から提出された見積書が沢山揃っているなら、それを分析すればよいではないか、という考え方の人もいると思うが、それもナンセンスである。ゼネコンや工務店の明細書は実際に専門工事会社(下請)に支払う金額が記入してあるのではない。元請としての利益や経費も上乗せしてあり、しかも全ての項目に同じ率で乗せているわけではない。そこにはそれぞれの元請け会社としての戦略が盛り込まれており、いかに受注し利益を確保するか、というストーリーがある。フィクションの小説を読むようなものである。実際、発注者に提出するための見積書と、工事原価を記入した実行予算書の2通りあるのはご存じと思う。

結局市場で動いている工事原価は、価格の決定権と発注権をもった上で、専門工事会社と価格交渉を繰り返していく中でしか把握は出来ない。従って現在の設計事務所のようなデスクワークではけっして工事原価は見えてこない。既存の価格表に頼らざるを得ないあいだは、あくまでも参考金額の域を出ない。
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