オープンシステム参考資料
7.直接工事費と経費の明確化
(この文章は日本積算協会「建築と積算」1997.12月号に執筆した内容の一部です)
元請会社は工事全体を一括で請負契約を交わすので、建築工事費をどうしてもグロスでとらえようとする。場合によって設計料やその他のサービス料は無料ということも可能になる。只より高いものは無いというが、経費やサービス料をそれぞれの項目に盛り込んだ見積明細書では、それを受け取った発注者や設計者にとって、あまり意味が無い。発注者や設計者にコストを分析する能力が無いかぎり、中身の明細はともかく、トータルでなんぼ、というところにどうしても結論がいってしまう。

発注者にしてみれば結果オーライなら良いではないか、ということもいえるが、それではいつまで経っても、設計事務所が主体的にコストコントロールをする、などというのは不可能なことである。あてにならない参考内訳明細書の何パーセントが基準では、説得力を持たない。ただし目安にできるというのであれば、それなりの意味はある。

建築施工会社の商品が工事を完成させる為に必要な技術力であるとしたら、建材の価格の中に利益を乗せて発注者に提示するのはおかしなことである。そうであるなら、ゼネコンや工務店は建材店を兼用していることになる。また、各下請け会社(専門工事会社)に支払う金額に上乗せした見積書を発注者に提示するのもおかしい。それでは別項目で諸経費を計上すべきではない。下請けに工事を配分して利益や手数料を吸い上げるのが建設業だ、という誹りを受けてもやむを得ないことになる。

いずれにしても今の状態は健全とはいえない。建築需要が拡大傾向にあったからこそ、吸収できたのである。これからはこういった建設会社の体質そのものが、自らの首を絞めることになる。

設計事務所は専門工事会社から直接、工事費を把握する手法を考え出さなければならないし、そのデータを分析して、コストを主体的にコントロール出来るようにしなければならない。そして、施工会社の見積書はまず原価(専門工事会社の金額)をチエックし、そこから必要な技術料、経費を積み上げていくという考え方をしなければならない。

そのためには結局、設計事務所が「発注権限を持つ」というところまで踏み込まなければならない。尚かつ発注権限は、どの専門工事会社をどれだけの金額で採用するか、という権限まで持たなければならない。  「オープンシステム」の基本はあくまでも分離発注である。私達の設計図を基に、業種ごとに有る程度競わせて見積りをとる。基本的にはそれぞれの業種で最も金額の低い専門工事会社と設計内容を再検討し、さらに価格交渉したうえで施工会社を決定していく。

工事金額と支払日の一覧表で建築主から了解が取れたら、工事請負契約を結ぶ。契約を結ぶ日は住宅であるなら15社から20社くらいの専門工事会社が、建築主の元に一同に会する。そこで一社ずつ順番に挨拶を交わしながら契約を結んでいく。そこには元請け下請けという関係は無く、私達設計者を含め、全ての専門工事会社が建築主のパートナーという立場となる。さしずめ私達設計者はオーケストラでいうならば、指揮者という役割であろうか。工事が始まると現場は私達設計者が組んだ工事工程表に則って、お互いのコミュニケーションを取りながら進められていく。

建築設計事務所も随分専門的に細分化されてきた。構造設計、設備設計、積算設計と。それぞれの専門分野に於ける知識や能力は飛躍的に向上したであろうが、建築のマネジメントは建築の全体を捉えようという視点を持たなければ、上手くいかないような気がする。ある工事の体験〜レストラン改造工事  それでは建築革命〜オープンシステムを実行するに至った具体的な工事体験の話をする。

1992年春、レストランEの改装工事の設計を受託した。それまで私の事務所は、ごく一般的な他の設計事務所と同じスタイルをとっていた。このレストランの改装工事も、今までと同じ様に出来上がった設計図面に基づいて、どこかの工務店から見積もりをとって、金額が折り合えば発注される予定だった。

飲食関係の工事にはよくあることだが、開店の日から逆算して設計や工事の工程を組む。その結果、時にはかなり無理な工程を組まざるを得ないことが生じる。この現場もそうなった。工期が30日間しかとれなかった。それに対して、見積もりを依頼した工務店から、最低でも工期は60日間必要であり、発注者に工期延長をお願いできないだろうか、という申し出があった。ここに至るまで、私達は計画段階から毎日のように発注者と打ち合わせを重ねてきた。開店の日を延ばすことは出来ないと思ったが、案の定、工期延長は認められなかった。

さて、それではどうするか、ということになった。レストランのオーナーから、「山中さん、何とかなりませんか」と。「社長、出来ないと言っている工務店に頭を下げて頼む事はありません。断りましょう。そのかわり私の知り合いの大工さんや、左官さん、塗装屋さん、内装屋さん、電気、水道工事等の会社に頼んで、職人を集めてあげます。私が責任をもって、工事を完成させてあげましょう」という成り行きになった。いわゆる完全分離発注方式である。私は技術者としての勘で、充分可能であるという自信があった。この工事は、機動力のある大工の協力如何にかかっている。幸い知り合いに何人か大工がいた。

現場での陣頭指揮は、直接私が行った。工事の工程表は各職人代表が集まって、それぞれの意見を集約してつくった。レストランの社長に「幹部社員の時間が取れるなら、出来る作業を一緒にして頂いたらどうですか。その分費用が浮きますよ。」と声を掛けたところ、早速じかたびや軍手を買ってきて、危険を伴わない軽作業や掃除等を、レストランの社長自ら職人さん達にまじって、ワイワイガヤガヤとお祭り騒ぎの様な雰囲気で、工事がスタートした。

本来なら工事金額を決定してから、工事をスタートすべきであるが、時間的な余裕が無かったので、工事と併行してそれぞれの担当の専門工事会社と価格折衝を行い、完成時に直接発注者から支払って頂くことにした。私達事務所のスタッフは全力で取り組んだ。新しい何かが生まれるかもしれない、という期待と喜びがあった。そして、なによりも楽しかった。

実際にこの工事の体験を通して、数々の貴重な発見があった。石工事がなぜこんなに高いのか。納得がいかなかったので、この際徹底的に調べてみることにした。時間を見つけて建材店や石屋を廻り、とうとう島根県の来待というところまで、たどり着いた。石材加工店の職人と加工方法を共に考え、自然石の割ハダ仕様で当初の見積もりが120万円だったものが、30万円までコストダウンがはかれた。ただし、運搬はこちらで行うという条件で。

こんな事もあった。大工から軽トラックを借りて石を取りに行き、暗くなってから現場で荷降ろし作業をしていた。周りは飲食街。「山中さん、何をみっともないことをしとるだ。設計事務所の社長がそげなことすうだないわ」ある建設会社の社長だった。設計者として自分が出来る精一杯の事を、発注者の為に自ら汗を流す。この作業がどうしてみっともないのだろうか。人間としてこれほど尊い作業はないはずだ。少なくとも、平日の昼間からゴルフをして、夜はスナックのお姉さんとバカ話をしているよりは、はるかに建設的だ。

このような調子で、予定より2日間の余裕をもって工事は完成した。その時点で、工事にたずさわった各専門工事会社に支払うべき金額を集計したところ、当初予定していた金額の約8割ですんだ。工務店は施工のプロである。プロが不可能といった工事を、予定の工期内で完成し、しかも大幅なコストダウンにつながった。この体験が、建築革命〜オープンシステムの直接的なきっかけである。
戻る